明延鉱山と一円電車

明延鉱山はかつて日本一の錫(スズ)鉱山でした。そしてこの鉱山町から、1円で乗れる電車が走っていました。その名も「一円電車」。
小さな車体で、鉱山の従業員や町の人たちを運んでいました。

明神電車

明神電車の運行開始は昭和4(1929)年、明延で採鉱された鉱石を神子畑(みこばた)選鉱場までの約6キロを、鉱石を運搬する電車でした。
昭和20(1945)年からは、鉱山従業員の通勤用としても利用され、昭和24(1949)年からは一般の乗客も運ぶようになりました。客車には「くろがね」「白金(しろがね)」「赤金(あかがね)」などの名前がつけられました。

昭和27(1952)年からは、一日の乗降数を数えやすくするために乗車賃を1円としたため、「一円電車」の愛称で親しまれるようになりました。

昭和62(1987)年の明延鉱山の閉山よりも2年早い昭和60(1985)年に一円電車の運行は廃止されました。

閉山から20年を経た平成19(2007)年11月30日に公表された、近代化産業遺産認定遺産リスト(経済産業省)において、「明神電車と蓄電池機関車」が選定され、同年に開催された「第1回 ふるさと明延まつり」では、一円電車用に仮軌道を敷設して運転を行い、一円電車は悲願の復活を果たしました。

さらに3年後の平成22(2010)年、に住民やボランティアの手で鉱山社宅跡の広場に70mの軌道が敷設されました。

20年ぶりの一円電車復活に、住民や関係者は大いに沸きました。
定期運行日(体験乗車会)にはかわいい客車「くろがね号」がこの軌道をガタンゴトンと走っています!

 

一円電車についてさらに詳しくは…

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